「利益率が悪い」、「人件費が上がってきている。」など人件費を削減する必要を感じつつも、人手不足によってコスト削減以上に売上を下げてしまいかねない、離職が増え、組織が崩壊してしまうかもしれないといったことを悩んでおられる方は非常に多い。また業績が悪化している企業だけでなく、人件費削減というのはどの企業にとっても他人事ではない。
なぜならどれだけ売上を伸ばしても、原価率が残らなければ、利益はそれほど残らないし、業績が少しでも悪くなれば簡単に赤字に転落してしまうからだ。
その人件費削減で大事なのは、削っていい部分と削ってはいけない部分の見極めだ。無駄を削減しても利益や売上を低下させることにつながらないが、削ってはいけない部分を削ってしまえば、削減したコスト以上に収益を落とし、総合的にマイナスとなってしまう。
そこで当記事では、人件費削減を正しく行うための方法とその手順についてお伝えすることにしたい。企業規模問わず、中小企業でも実践できる内容となっているので、是非最後まで読んでみて欲しい。
1.人件費削減に失敗する企業・成功する企業の差
人件費削減は諸刃の剣とよく言われるが、実際にはそんなことはない。
正しく実行すれば、人件費率を下げることも、利益率を高めることもどの企業だってできる。しかし、人件費削減施策を実施して上手くいっていない企業が多いのは、人件費を正しく理解し、正しい手順で実施する事ができていないからだ。
安易に人件費削減に取り掛かり、失敗する企業の共通点は、”他社の成功事例”や”業界の平均レイバーコスト・人件費比率”という数字しか見ていない。「他社もやっているから」、「業績が悪いから」など、そういった気持ちで人件費削減にとりかかると必ず上手くいかない。業績(人件費比率)は、あくまで自社の努力が形になることでしか生まれない。
1-1.人件費比率を下げる(抑える)事に成功した企業の共通点
人件費とはそもそもサービスや製造をするための必要経費であり、どの企業にも職場の適正人数という見込みの元に採用をしていることだと思う。
この適正人数がポイントで、適正人数は人材状況に大きく左右される。つまり、自社人材の質が上がり、1人当りの作業スピードや様々な仕事を覚えてくれれれば、少ない人数でも仕事が回るようになり、手の空いている人材が増える。すると「来年の採用は●●人程度でいいな」と採用見込みが減り、職場の適正人数も徐々に減っていく。人件費削減に成功している企業では、先に人材育成やオペレーション改善をして、人が余る状況を作り出してから、その余り部分を採用数を減らしていく。
つまり「人件費が高い」というのは、自社が十分な人材育成やマネジメントができていないという成績であり、現在の生産能力を示している。
自社の社員の質を高める人材育成、オペレーションの無駄な工程・作業の排除、設備投資やツール開発やマニュアル整備などに力をいれ、社員の1人の処理能力、処理スピードを高めるからこそ、少ない人数でも同等の生産性を維持できるようになり、人件費比率が結果として下がる。
利益率の改善に成功している企業はコストの削減から入るのではなく、生産性を高め、コストを削減しても問題がない状況を先に作り上げることで、結果として人件費率を低下させることに成功している。
1-2.駄目な経営者ほど人件費削減から入り失敗してしまう典型例
しかし、会社の利益や収益が減少し、目の前のことしか見えなくなっている経営者は、そのプロセスが見えず、現場の状況を考えず、「自主退職の奨励」、「給与・ボーナスの削減」、「退職者が出ても補充採用をしない。」という人事施策を先行させてしまう。
それは「人が減っても現場でなんとかできるだろう」、「レイバーコストは他の企業では50~60%で、人件費は35%に抑えないといけないのだから」とネットや書籍に書いてある数値を目安として、その人件費率に収まるように「●時間労働(残業)時間を減らせ」や「●人でまわせ」といったように数値だけを提示する。設備投資をする、無駄な作業や会議をなくす、マニュアルを改善する、人材育成に力を入れる、など、社員の質を変える施策をすることもなく、ただ人だけを減らす。
労働時間の削減だけで難しい場合は、給与やボーナスカットにまでそれが及び、優秀な人材の流出、平均勤続年数は低下が起こり、最終的には職場は新人だらけになる。その結果、見た目の人件費は減ったが、採用コストは数倍になり、かつ売上が減り、コスト削減以上に利益を減らしてしまうという悪循環に陥る。
人件費削減のデメリットが出やすい削ってはいけないもの
特に以下の施策は、デメリットの方が大きくできるだけやらないほうが良いと思われる施策だ。
①:リストラ・希望退職
リストラや希望退職をしていいケースは限られ、店舗を閉鎖する、事業を売却する、該当業務をアウトソーシングするなど、その業務自体がなくなった時だけにしておくのがベターだ。あるいは、業務中の待機時間が多い、人がだぶついているという現場状況を確認・把握をして、それが可能かどうかの判断をしよう。絶対に業界平均や他社の人件費がそうだからといって、原価目標を決め、その数字を現場に押し付けるという施策は絶対にしてはならない。
②:残業・シフト・ボーナスカットや早上がり
給与・ボーナスやシフトをカットしたり、早上がりをさせるというのは、天変地異・災害を除き、よほどの事がない限りやめたほうがいい。なぜなら、多くの社員は普段どおりの給与をベースとして、生活の支出や貯金という将来設計をしているからだ。サービス残業や強制的な残業を除き、一律に残業をさせなくするというのもマイナスに働く。自分の収入計画が崩れるからだ。
もちろん、生活残業をさせるということではなく、残業がしたい社員数にあわせて、仕事を作る、様々な業務を兼任できる多能工化させることで、社員のニーズに合わせて仕事を提供する職場作りが重要だ。安易に給料を削ると、優秀な社員が流出し、平均勤続年数が落ち、生産性が低下していく。売上が低下している、人材が余っている状態であれば、全員の給与を一律に下げるのではなく、希望退職を募り、頭数を削ることで対応するようにしよう。
全員の給与を一律に削るというのはリスクが非常に高い。残業させない人、シフトを削る人を明確にし、「残業したい、シフトを削られたくない、早あがりしたくないのなら、●●の業務を覚えたり、■■の役割をこなせるようになってね」など、新しい業務を覚えたり、向上心・やる気を持って仕事に取り組む意欲につなげることもできる。
1-3.人件費の削減をするには?人手不足に陥らないための方法
基本的には人件費削減は会社の生産性や社員の質を高める事が重要ではあるが、人件費比率は同じ会社であっても、店舗が変わればその数字が変わったり、似たようなビジネスモデルでも大きく変わる。
現場レベルでも実行でき、どの企業でも短期間で改善できる方法が1つだけある。それは離職による損失を減らすことだ。
「人件費削減と離職対策がどうしてつながるのか?」、「人を減らしたいのに、人を減らさない取り組みをするなんて」と思われる方もいらっしゃるだろう。しかし、離職対策こそが最初に述べた、自社の社員の質をあげてから、人数を減らしていくことにつながる。そしてこの方法は、人手不足に下げず、収益性を高めながら、人件費比率を削減することができる。
その理由をご説明しよう。
2.人件費削減を抑えるためのポイントは無駄を減らすこと
では人件費削減と人手不足の解消、収益性の向上を同時に達成するために、離職率を下げ、平均勤続年数を高める事がどれだけ重要であるのか?について説明する。
2-1.人手不足に陥っている企業ほど人件費比率が高い4つの理由
人件費削減において給与にばかり目が行きがちだが、給与というのは1つの要素に過ぎない。1人の人材を育成するために会社は4つのコストを負担している。離職率が高く、人手不足に陥っている企業ほど、人件費比率は高くなる傾向にある。
離職率が高く、新入社員の採用数や人材の流動性が高くなればなぜ人件費が上がりやすくなるのか?
2-1-1.生産性を低下する形でどの会社も教育コストを支払っている
人件費の実際の計算は、会社や店舗の売上から支払った給与を割ることで計算できる。つまり、1人1人の給与で考えても意味がなく、トータル的に人件費を捉えていなければいけない。
上記の画像を見て欲しい。上記の表は以下の計算式を元に、新入社員の指導時間負担を金額ベースで試算したものとなる。人件費というのはその月の売上に対して、どれだけの労働時間を必要としたか?という比率であり、労働時間が長くなればなるほど、人件費率は高まる。
ここで労働時間が増える理由について考えてみよう。
そのヒントは労働時間を[実作業時間+非作業時間]に分解することで見えてくる。
非作業時間とは?
部下の作業を確認したり、指示するための時間
部下へ指導をしたり、会話するために使った時間
部下のミスやトラブルへの対応・手直し・フォローした時間
人材の入れ替えが多い会社では、新人の作業を確認したり、指導や会話している時間、ミスに対応している時間が多く、自分の作業に集中できる時間はどうしても少なくなる。部下の仕事の質が低ければ低いほど、作業成果に対してより多くの労働(残業)時間が必要になる。逆に離職する社員がほとんどいない企業では、社員の補充採用や毎年の大量採用の必要性がなく、全体的に見れば、月の労働時間のうち、実作業時間の比率が高くなっている。一方、離職率が高い会社では月の合計労働時間のうち、非作業時間の比率が高く、実際に作業に専念できている時間は少ない。
さらに詳しく
- 付きっ切り指導期間 --- 新入社員の横で教えなければ何も出来ない期間の育成コスト
- 指示がないと動けない期間 --- 新入社員に対して具体的な指示をしなければ動かせない期間
- アドバイス・相談が必要な期間 --- 仕事を任せるがアドバイスや相談に乗る時間が必要となる期間
当たり前だが、新入社員の入社直後は、仕事の仕方を知らないし、指示や教育を受けながらしか仕事ができない。そうすると、支払っている給与に対する見合った生産力が提供できないだけでなく、周囲の先輩社員のフォローや指導を必要とし、先輩社員は業務に充てる時間が減り、残業をせざるを得なくなる。これが新入社員を採用すれば、職場全体の生産性が低下する理由だ。
つまり、新入社員に支払っている給与のほかに「月間の合計労働時間、残業時間の増加による人件費増加金額」という形で新入社員の教育コストは人件費比率の悪化を引き起こす。どの企業でも4月や5月は人件費比率が上がりやすい。実際に月間の人件費比率の数字を追ってみればよりわかりやすいと思う。
その試算をしたものが以下になる。新入社員が多ければなるほど、月間の合計労働時間が多くなるのはこのためだ。
2-1-2.人件費削減のデメリットと改善できる余地はどこにあるのか
先ほど紹介した現場OJTコストのほかに、新入社員を1人採用するためには[採用広告を含む採用活動コスト]・「研修を実施している場合に派遣集コスト」や[歓迎会や社内イベントの福利厚生費]がかかっている。
これらは必要経費といえるものだ。
採用コストを削れば人は集まらない。研修コストやOJTコストは削れば、社員の質は上がらない、若手の定着率が悪くなり、社会化コストを削れば社内のコミュニケーションや人間関係が育まれず、連携が上手く取れなくなるなど、様々な課題が職場で連鎖的に生まれる。これが一般的にいわれる人件費削減のデメリットだ。しかし、発想を変えれば、これらのコストは社員を新しく採用する時にしか生まれないと考えることもできる。
離職者が減れば必要な社員数は減り、平均勤続期間が長くなれば、人材の回転期間が長くなり、育成コストの投資効果が長くなる。コストは[1人当たり発生コスト×採用人数]で計算される。
つまり、経費を削るのではなく、離職者を減らすことで人数のほうを削減すればデメリットは発生しない。
2-2.人件費を抑え離職による損失コストを減らす方法
ここまでで採用・教育コストに自社がどれ程多くのコストを支払っていて、それが生産性低下、人件費率の高騰と言う形で返ってきていることがお分かり頂けたはずだ。ではこれから実際に改善ケースを見てみよう。
以下の表は、離職率を下げることでどれだけのコスト削減効果を得られるのか?をシミュレーションしたものになる。
離職率が下がり、定着率が上がれば、当然補充採用や次年度の採用数は少なくて済み、採用数が減るということは、教育コストの削減につながる。指導しなければいけない人数が減るからだ。具体的にイメージして欲しい。
みんなが抱える悩み
上記のような感情を持ったことはないだろうか?
あなたの職場には何人自分が頼りにできる、仕事を安心して任せられる社員がいるだろうか?10人中3人?10人中5人?それは職場によってまちまちだが、その比率が高ければ高いほど、少ない人員でより多くの成果を手にする事ができる。
ある店舗では10人体制で業務をまわしているが、ある店舗では売上が高いのに、8人体制でまわす事ができている。これらは全てのスタッフが熟練かつ意識が高いから成し遂げられることだ。そしてこういった職場作りは離職率が高い会社では絶対に起こらない。人件費の削減において問題なのは、生産性が低いことにあって人を削るところにはない。1つの作業しかできない、指示や先輩の確認がないと自己判断ができない。作業スキルが低い社員が多いことによって発生する問題だ。
離職率を低下させれば、必要な採用人数が減り、職場の最適人員数は減っているので、勝手に下がる。それは自社の社員の質が高くなることによって起きる自然な成果だ。だからこそ、収益性も下がらないし、人手不足に陥らない。自社の人材力が高まった成果であるからだ。
まとめ 人件費削減と人手不足解消を両立するためにリテンションマネジメントに取り組もう
人件費の削減は、結局は【売上÷給与】という割り算で成り立っているトータルの数値でしかない。当然、採用をして生産性が低い社員が増えれば、現場の作業の時間が少なくなり、売上に占める人件費の比率は高くなる。
だからこそ、以下の2つを考えることが先決だ。
- どこに投資の無駄が発生しているか?
- どうすれば、その無駄をなくせるか?
無駄な事を改善すれば、メリットは発生することはあっても、デメリットは発生しない。それをする前に、リストラや給与カット、労働時間の短縮など、現場状況を考慮しない施策を短絡的にとるからこそ、失敗してしまうのだ。
あなたの会社では、人件費の内、どの程度の割合が無駄になっているだろうか?具体的には、何人の社員が離職をし、その離職した社員に対して支払ってきた採用・教育コストが、どれだけ無駄になっているのか確認してみよう。
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以下の記事では離職対策を成功させるための具体的な手順を丁寧に解説している。是非、離職対策に取り組み、優秀な社員や経験豊富な社員の比率を高め、新人や若手に丁寧な人材育成を行い、生産性の高い職場作りを実現を目指そう。
人件費に困っている場合、どうしても金額自体に目が向きがちだが、経営をシンプルに捉えてみよう。
飲食店であれば他の会社が5人でまわしているところを自社では6人でまわしている。営業であれば1人の営業マンの月平均新規獲得が10件に対し、自社は5件程度しかない。これが人件費率が高くなる真の原因だ。経営は基本的に掛け算と割り算で計算する。
1人当たり売上に社員数をかければ総売上が出てくるし、逆に売上÷労働時間をすれば時間当たりの生産性が出てくる。労働時間のうち、実作業にあててる比率をみてみれば、いかに他の業務二時間をとられているのが見えてきて、離職した社員数に指導にかけたであろう見込み時間をかければ、無駄になった時間が出てきて、それに時給をかけ、最後に採用コストをたせば無駄になったコストが見えてくる。
社員のやる気を減らすリスクの高い給与削減、人員リストラよりも、まずは離職による人材の再教育コストの削減から始めてみてほしい。